日. 11月 27th, 2022
時間は生き物全てにおいて平等に流れており、各々の生きる時間にはそれぞれ異なる配分が有るのは間違いない。この生物が生きられる時間ていうのは生まれた時点であるいは生まれる以前に決められている”宿命”なのか、それとも生きていく過程で変化を伴う”運命”なのか?それは誰にもわからない。人間は100年も生きられる時代になってきてはいるが、盛んな状態で日々過ごせるのはそのうちの何年だろうか?そこには親の監護を要する不自由な子供時代、社会から離脱し老化と共に不自由になっていくだろうと推定されるシニア時代も加わるとすると?考えただけで悲しいほどに短い時間しか生きられないことを覚ってしまう。だからこそ生きる時間をどう使うのかは極めて大切だと考える。時間は目に見えない分、自分の脳内、あるいは体内で消化していることに気を配る他ないと思う。だけど現代はネット使用が当たり前で、その膨大なネット空間では時間の流れるスピードが異常な程に早くて時間を有効的に使うために、または時間の浪費を減らすためにはネットを見ないという選択をした方がいいのではないか?と不要に考えてしまう。

ところで時間の使い方には投資、消費、浪費の3つがある。
「投資」とは未来の自分の為に使う時間、使った時間に対してリターンが「未来」にあるもの
「消費」とは現在の自分の為に使う時間、使った時間に対してリターンが「いま」あるもの
「浪費」とは現在も未来も自分の為に重要ではないことに使う時間、使った時間に対してリターンがないもの

この3つに分けることにより人生における時間の正しい使い道を考え、時間の浪費を減らすことが重要であると考える。その上でこの3つのバランスを意識するんだけど、この3つの時間において不思議に思うのは、他者から見ても自分で思い返してみても、無意味に浪費したであろう時間が自分という人間を生きさせる為に必要不可欠であったりして無意味な浪費とは一概に言えなかったり、「消費」していた時間が、ある瞬間「投資」に変わることすらあるということだ。だから利己的に時間の規律を持つべきであり、過ぎ去った時間を一瞬一瞬で振り返り、”今過ごした時間は自分にとってどういった時間だっただろうか?”と考えることは肝要なんじゃないかと思う。

「好きでもない異性からしつこく誘われて困ってるがどうしたらいいと思う?」以前友達からこのような相談を受けたことがある。「あなたはどうしたいの?気があるの?ないの?」と返した。嫌なら素早く丁寧にお断りすればいい、損得を考えるなら上手に誘導していくことが必要で悩むような話しじゃないと思う。なぜなら不必要なことに時間を割いているほど人生は長くない。このように人生は短いと肝に銘じた上でじゃあどこに時間を割くかを考えると自ずと利己的に時間の規律を持つことができるんじゃないだろうか。とはいえ私が日々思うことは1日を丁寧に生きる。これに尽きる。

By meme

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